武士(もののふ)の夢 佐和山」にて
松愛会 山歩き会
佐和山[佐和山城跡] 標高232.5m
彦根駅〜佐和山〜弁天山〜長寿院〜石田三成像〜かんぽ彦根  千乃松原温泉
 
 3月25日、松愛会山歩き会を彦根の佐和山で行った。彦根駅からお城への通りを信号のある交差点まで行って、右折し彦根城線のJR線路を跨ぐ陸橋を渡る。陸橋からこれから登る佐和山を一望できる。陸橋を降りて東へ住宅街を抜けると国道8号線に出る。国道の斜面に東屋やハイキングコースの案内板などがある。

 東山ハイキングコースのCコースを行くことにする。今日は、あいにく小雨が降っている。10分ほど緩やかな山道を登ると太鼓丸の案内標があり、さらに数分登ると千貫井戸に着く。千貫井戸は城中の飲料水として用いられた有名な井戸だ。お金の千貫にも換えがたい貴重な井戸ということで千貫井戸と言われた。この辺りは切り開かれていて彦根市街が展望できる。登り始めて30分ほどで山頂の佐和山城跡に到着した。山頂に登りきる手前に本丸の石垣の跡と思われるところがあり往時を偲ばせてくれる。登りついたところが佐和山山頂で三等三角点があり、標高232.5mだ。山頂は広く佐和山城本丸跡の碑が建っていてベンチなどが置かれている。幸いにも雨が止んで昼食に良い按配だ。彦根城と彦根市街を展望できた。伊吹山は雲の中で確認できなかった。
 佐和山城は関が原に近く、交通の要衝であった。石田三成の城としてよく知られていて、三成が天正18年佐和山城主になり五層の天主閣を構えた立派な城だったそうだ。「三成に過ぎたるもの二つあり、島の左近と佐和山の城」言わしめた。関ヶ原の合戦で三成が破れ、井伊直政が城主になった。井伊直政は三成の居城であったことを嫌い、彦根山に彦根城を築き佐和山城を潰してしまった。実際は築城に着手する前に死去し、嫡子井伊直継が佐和山城の築材も利用して彦根城を築城したということだ。また築材は麓の清涼寺、龍潭寺にも移築転用されたらしい。清涼寺の文字は登山コースの注意書き看板によく出ていて、佐和山城跡は清流寺の境内地になっているようだ。

佐和山 東山ハイキングコース案内板

東山ハイキングコース入口

佐和山の登り

佐和山の登り

千貫井

千貫井

彦根市街

彦根市街を展望 千貫井にて

本丸の隅石垣

佐和山山頂

佐和山山頂 三角点

佐和山 三等三角点

佐和山城跡にて

彦根城を眼下に見る
 佐和山城跡でしばらく休憩して弁天山まで尾根道を歩いた。小雨が降る中龍潭寺への分岐に着く。ここを下ると石田三成公の銅像が案内されていた。尾根をしばらく行き少し登ると弁天山に着いた。ここから下り道、弁財天奥の院脇にに下山。長寿院大洞弁才天にお参りした。長寿院弁天堂は重要文化財、楼門も県指定の有形文化財で立派なものだ。またこの楼門を額縁に見立てると中央に彦根城が収まって見えるのも素晴らしい。

 大洞弁才天から下ると、井伊神社、龍潭寺があり、その脇に石田三成公銅像が苔むした庭にあった。JRの線路沿いに歩き、行きに通った陸橋に戻った。この辺りから雨風が強くなってきた。彦根総合運動場と彦根城金亀公園の間の広い県道を琵琶湖へと歩いた。

 雨のきつくなる中、かんぽの宿彦根にやっと到着した。6階にある温泉大浴場、ガラス張りの展望風呂から琵琶湖を眺め、疲れを癒やした。雨にたたられたが楽しい山歩きができた。昼時に雨が止んだのは日頃の行いが良いからだろうか。お疲れ様でした。

水仙が歓迎

佐和山から大洞山への縦走路を歩く

大洞山に到着

奥の院脇に下山

長寿院(大洞弁才天)

長寿院 楼門

楼門を額縁に彦根城が見える

石田三成公像

「佐和山城跡」 JR列車からよく見る風景

 佐和山 陸橋より

彦根城

かんぽの宿彦根 千乃松原温泉
 
コース
  京都(9:12)[新快速]=彦根(10:16/10:34)〜陸橋(10:45)〜登山口(10:55)〜千貫井(11:15)〜
  佐和山(11:28/昼食/12:05)〜龍潭寺分岐(12:17)〜弁天山(12:32)〜弁財天(12:43/13:00)
  石田三成公像(13:13)〜陸橋(13:28)〜かんぽ彦根(14:00/入浴/15:00)[タクシー]
  彦根(15:10/15:24)=京都(16:12)


天 候  小雨 
参加者 8名 
実施日 2010.03.25