2018年 社会貢献活動

~社会と共に歩む社会貢献ボランティア活動~

開催日 2018年10月29日(月)

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 2015年10月、地域に密着した社会貢献活動として茄子作「春日神社」の清掃活動の取り組みを開始して今年で4年目を迎えました。 近年、社会貢献活動への関心が高まる中、会員の皆様がより参加しやすいように、本年は新たに南中振「蹉跎神社」の清掃活動を取り入れ、茄子作「春日神社」と併せ同時開催することになりました。
 10月27日が天候不良のため29日に延期されましたが、春日神社・蹉跎神社で合わせ53名の方が参加されました。

◆ 茄子作「春日神社」の清掃活動

 9時少し前には32名の方が集合。中島支部役員(2班)から、怪我をしないように注意があり清掃の要領が説明されました。地元の1班の方が神社の外回りを担当し、その他の方は境内を担当しました。
 各自思い思いに熊手や竹ぼうきとゴミ入れをもって、担当エリアに散らばり、8時55分から作業を開始しました。9時30分くらいには見違えるように綺麗になりました。丁度そのころに空の様子が変わり、 ぽつぽつと雨が降り出しました。春日神社の神様のうれし涙のようにも感じました。
 終了にあたり、中川副支部長より御礼の言葉と、蹉跎神社でも開催し多くの方が参加されたとお話がありました。最後に記念撮影をし、春日神社さんからの御下がりなどが渡され終了となりました。

◆南中振「蹉跎神社」の清掃活動

 9時から境内に21名の方が集合。まず菅支部役員から本日の清掃作業内容を説明し、櫻田支部長からは今年が初めての蹉跎神社での清掃活動となり、 近隣の会員さんが参加しやすくなっており、来年以降も継続して取り組みますとのあいさつがありました。記念撮影後、清掃をスタートしました。
 10時過ぎまで各人、境内のゴミや落ち葉の回収と草取りおよび拝殿周りの拭き掃除を熱心に行いました。当初、あまり回収物は出ないと思っていましたが、 やってみるとゴミや落ち葉がかなりの量を回収出来て、境内は見違えるように綺麗になりました。参加した会員さんは1時間強の時間でしたが、この結果を見て清々しい気持ちになられたようでした。
 最後に蹉跎神社の宮司さんからお茶の振る舞いがあり、おいしく飲んで気分も良く解散しました。

◆ 茄子作「春日神社」、南中振「蹉跎神社」について

茄子作『春日神社』 嘉吉元年(1441年)9月9日に奈良春日大社より春日4神の御神霊を勧請して茄子作村の氏神としてつくられたと伝えられている。 本殿・拝殿は、寛政11年(1799)に再建。鳥居は、享保14年(1729)のものである。なお、末社の愛宕神社は、香里にあった弾薬製造工廠の火伏神を戦後に移築したものである。

※『春日神社』について詳しくは、こちらをクリックしてご覧ください。

南中振『蹉跎神社』 延喜元年(901年)、菅原道真が大宰府へ左遷される途中、山の上で休憩し、都の方を望んで名残を措しんだ。その場所を「菅相塚」という。 その後を娘の苅屋姫が追いかけたが、あと少しの所で間に合わず、足摺り(=蹉跎)して嘆いたということから、その山を「蹉跎山」と呼ぶようになった。 大宰府でその話を聴いた道真は、三尺二寸の自身の木像を作って娘に送ったという。 天暦5年(951年)蹉跎山に社殿を造営して木像を祀り、近隣25箇村の産土神としたのが当社の始まりと社伝が伝える。 慶長19年(1614年)の大坂冬の陣で社殿は焼失したが神像は無事で、現在地に遷座して中振・出口両村の産土神として再建された。 明治5年、走谷村の産土神であった加茂健豆美命神社を合祀して郷社に列格した。現在の社殿は明治22年3月に改築されたものである。

※『蹉跎神社』について詳しくは、こちらをクリックしてご覧ください。

◆ 最後に

 両神社とも、台風21号での被害を受けた状況が見受けられました。一日も早く修復されることをお祈りします。
また、支部では今後も、奉仕活動も含め多くの支部行事を開催しますので、皆様のご参加・ご協力をお願いします。

写真:永井・中村 記事・HP作成:永井・中村・松島

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