観音寺(菜の花と桜)

263回 くらわん会例会 2018年4月3日(火)

〈行程〉近鉄・新田辺駅 ⇒ 田辺公園(休憩) ⇒ 観音寺(拝観、昼食) ⇒ 同志社大キャンパス ⇒ 筒城宮伝承地(見学)⇒ JR・同志社前駅(一次解散)⇒ 近鉄・興戸駅(最終解散)

〈距離〉8km 〈参加者〉133名

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◆近鉄・新田辺駅から田辺公園へ

 年間予定表では「普賢寺」と記されていたが、普賢寺は古称で、今は菜の花と桜で有名な「観音寺」周辺の地域名(字名)を指している。くらわん会としては初めてのコースである。

 集合地点は近鉄京都線・新田辺駅という大きな駅で、JR学研都市線の京田辺駅も近くにある。多数回参加表彰と新入会員紹介の後、今回のコース説明、次回のコース案内等があり、最初の目的地である京田辺市立の「田辺公園」に向け出発。

 田辺公園は市内を一望できる高台にあり見晴らし抜群。田辺公園には大型の遊具が設置された広場があり、メインの遊具はプロペラと旗がついた多目的遊具。すべり台やトンネル、ネット状の吊り橋等々色々な遊具が1カ所で楽しめる。

 健康広場のすぐ隣にはスケートパークが整備されていて、ローラースケートを楽しむ子供達で賑わっている。

◆田辺公園から観音寺へ

 田辺公園で休憩後、本日の目的地である観音寺へ向かう。やや起伏のある山間地を約2km歩き、同志社大学の広大な敷地の間を通り抜けると観音寺が姿を現す。

 観音寺は天武天皇の勅願により義淵僧正が創建、その後、聖武天皇の御願により良弁僧正が伽藍を増築し、息長山「普賢教法寺」と号し、十一面観音立像を安置したと言われている。

 幾度となく火災に見舞われ堂宇の殆どが失われ、大御堂だけが再建され現在に至っており、御本尊の十一面観音立像は天平16(744)年の開基の際に安置され一木式木心乾漆造という技法で造られている等のお話を住職から伺う。

◆観音寺境内でゆっくり昼食休憩

 国道から観音寺へ続く桜の参道の両脇には、一面に黄色い花を咲かせる菜の花畑がある(ということであったが…)今年は気候の関係で開花不足であり残念!。

 桜並木と並んで人びとを魅了するこの菜の花畑は、地元有志と観光協会との共同事業として2000年に登場。 毎年花見ウォークの会場になる等、桜と菜の花が咲く季節には多くの人が訪れる。花見ウォークでは菜の花畑に入り、自由に摘み取ることもできるということである。

 菜の花畑はネット上の写真で楽しんで頂くこととし、菜の花と桜の両方を楽しみながらの楽しい昼食タイムを迎える。

 昼食後は近くの「普賢寺ふれあいの駅」という売店で、銘茶を試飲させて頂きながら、お茶やお菓子を求める方も多く見られたが、朝取り野菜類は殆ど売り切れていた様だ。

◆観音寺から筒城宮伝承地へ

 観音寺から普賢寺川沿いの長閑な道を歩くと、間もなく同志社大学キャンパスが見えてくる。新入学の時期を迎え、クラブ活動への勧誘など賑やかである。

 このキャンパス内に「筒城宮(つつきのみや)址の碑」がある。1960年遷都1450年を記念して組織された「筒城宮跡顕彰会」により建立されたもので、この辺りは第26代天皇・継体天皇の筒城宮があったとされる場所である。

 「日本書紀」によると、継体天皇は樟葉宮にて即位した後、511年10月に皇居を筒城宮に遷し、7年間この地で過ごされたという。

 筒城宮址を跡にして、同志社大学の広大な敷地(多くの学舎、学生寮、職員寮、テニスコート等)内の道路を約15分歩いて、JR・同志社駅前に向かい、ここで一次解散となりJR利用者と近鉄利用者に分かれる。近鉄京都線・興戸(こうど)駅は、ここから約10分先で、ここで最終解散となる。

<取材:安藤、吉川、永井、中溝、松島 HP作成:吉川>

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