伏見酒蔵『酒蔵めぐり』

273回 くらわん会例会 2019年2月5日(火)

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〈行程〉京阪 丹波橋駅 ⇒ 御香宮神社 ⇒ 伏見桃山陵 ⇒ 乃木神社 ⇒ 伏見港公園 ⇒ 黄桜カッパカントリー ⇒ 月桂冠大倉記念館 ⇒ 京阪 中書島駅 

〈距離〉8km 〈参加者〉139名

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◆呉竹文化センターに集合

立春も過ぎましたが、まだまだ寒い日も続いています。しかし今日は、天気も晴れて二月しては温かく絶好のハイキング日和となりました。 過去、酒蔵巡りは、「灘三郷」、「西宮郷」に行きましたが今回は、2014年2月以来の「伏見酒蔵巡り」です。 コースは「御香宮神社」「伏見桃山陵」「乃木神社」「伏見港公園」「黄桜カッパカントリー」「月桂冠大倉記念館」を巡ります。

「伏見」は、太閤秀吉の伏見城築城とともに大きく栄え、江戸時代には、水陸交通の要衡として、ますます発展。 酒造家も急増し、銘醸地の基盤が形成されていきました。明治の後半には、天下の酒どころとして全国にその名とどろかせるようになりました。

今回の集合場所は、京阪の丹波橋駅西口を下りてすぐの「京都市呉竹文化センター」に139名の仲間が集いました。 10時過ぎに朝会が始まりました。山内会長のあいさつの後、200回参加の塚本さん(北)を含め4名の方の表彰、2名の新入会員の紹介、 次に葛城リーダーからコースの案内説明、進藤さんから次回例会案内・2018年度の会計報告、最後に2019年度の世話役の紹介と続きました。 いよいよ、「御香宮神社」(ごこうのみやじんじゃ、ごこうぐうじんじゃ)に向けて出発です。

◆御香宮神社

「京都市呉竹文化センター」を出発し、京町通を南下、京阪の踏切を越え、左折、近鉄電車の高架をくぐり、しばらく歩くと「御香宮神社」へ到着です。

「御香宮神社」は、神功皇后を主祭神として、仲哀天皇、応神天皇他六柱の神をまつられています。 862年(貞観4年)9月9日に、この境内から「香」の良い水が湧き出たので、清和天皇よりその奇瑞によって「御香宮」の名を賜りました。 神社名の由来となった清泉で「石井の御香水」として、伏見の七名水の一つで、徳川頼宣、義直の各公は、この水を産湯として使わたそうです。 明治以降、涸れていたのを1982年(昭和57年)に復元、1985年(昭和60年)1月、環境庁より京の名水の代表として「名水百選」に認定されました。

◆伏見桃山陵・乃木神社

「御香宮神社」を出発し、しばらく歩くと「伏見桃山陵」の入り口に到着です。時間調整のため休憩となりました。 ここからは、上り坂になるので、体力に自信のない方はここでお待ちいただくことになりました。

「伏見桃山陵」は、1912年(明治45年)7月30日崩御された明治天皇が葬られており、陵墓位置は旧伏見城本丸跡で墳丘は天守閣南にあたり上円下方墳です。 御陵は東西127メートル、南北155メートルと拡大。東側の名護屋丸跡に昭憲皇太后の桃山東陵がある。周囲一帯は宮内庁の管理地で230段の石段を登った先に御陵があります。

「伏見桃山陵」の参拝道では、先日の台風で折れた木々も整備され気持ちよく歩くことができました。途中には、伏見城の石垣の一部も残されていました。 また、御陵からの景色も抜群でした。石段を走って登る方々もおられびっくりしました。帰りは、緩やかな下り坂を過ぎた辺りにある「昭憲皇太后の桃山東陵」にも立ち寄りました。

御陵に参加されなかった方々と合流し「乃木神社」に向かいました。「乃木神社」は、日露戦争で武功をあげ、明治天皇に殉死した乃木希典・静子夫人を祭る。社殿は1916年(大正5)建立されました。

◆伏見港公園で昼食

乃木神社から、急な下り坂に注意しながら下り、さらに県道188号線を南下、京阪観月橋駅付近で、宇治川の河川敷に出ました。 この辺りは2017年8月に「ツバメのねぐら」で歩いた場所で、当時の記憶が思い出されます。近鉄電車の高架下を超えさらに歩くと右側に「伏見港公園」が見えてきました。 「伏見港公園」横の「伏見港みなと広場」で昼食です。今日は、たくさん歩いたので、けっこう疲れ、おなかもぺこぺこです。1時半までゆっくりできました。

ここは昔「伏見の浜」と呼ばれて、伏見城が築かれた頃から第2次世界大戦まで、淀川舟運の基地でした。江戸時代には、三十石舟や高瀬舟などが往来して、 港町として大いに栄えたそうです。しかし舟運は衰退し、昭和30年代半ばで、港の機能は幕を閉じ、その後「伏見みなと公園」として整備されました。

◆いよいよ酒蔵めぐり

「伏見港みなと広場」から「伏見港公園」を通り、壕川に沿って歩いていくと、水仙・蝋梅(ろうばい)が咲き誇り、梅も咲き始めていました。 「龍馬とおりょう、愛の旅路」像の横から上がり、橋を渡り、寺田屋(1866年(慶応2年)正月21日坂本龍馬も伏見奉行所の捕方に襲われたが、 難を逃れたそうです。鳥羽伏見の戦に罹災し消失、その後再建)の前を通り、「竜馬通り商店街」から「黄桜カッパカントリー」に到着です。

「黄桜」は、1925年(大正14年)10月に設立されたそうです。京都麦酒が飲める黄桜酒場のある「黄桜カッパカントリー」や、 黄桜のCMの河童(カッパ)のことなら何でもわかる黄桜記念館、黄桜の歩み・酒造り工程を展示した「伏見蔵」など見どころ、おみやげ満載です。

「黄桜カッパカントリー」を出て、「月桂冠大倉記念館」に向かいました。 月桂冠は、1637年(寛永14年)初代・大倉治右衛門が笠置町から伏見に来て創業。屋号を「笠置屋」、酒銘を「玉の泉」と称したそうです。 「月桂冠 大蔵記念館」は、いにしえの酒造用具類を受け継ぎ、その展示を通じて、京都・伏見の酒文化が感じられる場となっており、 月桂冠創業からの歴史を物語る史料の数々、職人が唄い継いできた酒造り唄により、かつての酒蔵の雰囲気を再現していました。 「月桂冠大倉記念館」から「長建寺」前を通り、京阪中書島駅で解散しました。

写真:安藤、吉川、永井、徳田、松島 HP作成:松島

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