パラグァイ便り ≪第十四便≫ 滝 滋 会員
  南米のパラグァイで活躍する滝 滋 会員からの電子メールパラグァイ便りです。

題名: パラグァイ便り14便
送信日時: Thu 08/05/2004 11:28:34 JST

 日本は、8月の猛暑の時期ですが、お元気でご活躍の事と推察申し上げます。

 私共も、たまに寄りますスーパーが火災事故で大惨事を引き起こし、日本でも報道され、御心配をお掛けいたしました。

 火事場泥棒を防ぐ為、ドアーを二重に閉めて400人以上の犠牲者と同数の高度の火傷被害者を出しております。 企業の社会的責任の大きさを痛感させる人災です。 本日まで、国全体が半旗をかざし喪に服して来ました。

 パラグァイ便り14便添付送付いたします。 こんな国も在るかとお読みいただければと思います。
瀧  滋
哲代
2004年 8月 5日(木)
パラグァイ便り 第十四便

日本の皆様へ
パラグァイ便り 第十四便 Paraguay
市内の YCUA BOLANO スーパーマーケットの大火災

 心配をお掛けいたしましたが、私ども及び日系人は被害がありませんでした。 ご休心ください。

 日曜日午前11時30分少し前でしたので、運良く巻き込まれませんでした。 当日も夫婦でゴルフ後10時40分にスーパーのあるアルチガ通りをすぎました。 午後から別の会合があり、急いでいたことで通りすぎております。 自宅について30分後位に発生しております。 このスーパは偶に買い物をしている所です。

 原因追及中です。 迷宮入りになるだろうと思います。 経営責任者が逮捕されました。

 国際的支援で驚くほど早かったのは、アルゼンチンでした。 自家用機でキシュネル大統領自ら医師団と薬を携えて当日つきました。 危機管理の対応の早さに目を見張りました。

 日本は、古川領事が当日夜、現場テレビ・インタァービュで水、薬の現物支援をすぐ行います。 毛布の寄贈依頼にも、それに答えてそれも行いますとスペイン語で答えておりました。(日本もきちんとやっていると思いました)

 パラグァイ政府は、全力で被害者救助、支援を約束しておりますが、しかし社会保険庁は医師、薬剤とも対応しきれないでおります。

 周りの人で知っている方の直接被害はありませんでしたが、小さい社会ですので従兄弟がとかその子供がとか被害者が大勢おります。 ここの人はこういう被害の時の連帯感は大きいようです。

 我々専門家、シニアボランティア、青年海外協力隊は、JICAを通じて協力をさせていただきました。 被害お伺い有り難うございました。


国勢調査

 パラグァイ国は、10年に1回国勢調査を行う。 最近では2002年8月28日(日)におこなわれた。 調査を担当したのはチリー専門調査会社である。 当日は10万人の学生を募り都市部は1日で、地方は2週間かけた。 国勢調査結果は、一年後印刷物になって発表された。概要データ(PDF形式 11KB)

 日頃肌で感じているものが具体的に数字として示される。 体感が当を得ていない事も多いだけに興味がある。

・人口
  2002年時点で520万人。 現在560万人。 人口成長率2.3%。 140年前三国戦争で成人男子の9割を失ったと言われているが現在は男女均衡している。 人口増加は急速であり少なくとも人口増加率以上の実質経済成長率が達成されないと貧困は良化しない。

・ 住居
 レンガ積みの家及びランチョと呼ぶ小屋(土壁、土間、藁葺きまたはトタン屋根)が大部分(94%)を占める。 その代わり79%が持ち家である。 電気は約90%、水道は53%普及している。 トイレは37%が外にある。 テレビが7割普及とある。(白黒テレビを含み、一軒で複数台保有も計算)

・識字率、教育水準
 識字率は約93%と高い。 教育水準は小中学校が義務教育であるが、中卒以上25.1%、その内高卒以上が9.7%である。

・ 言語
 家庭でのグアラニー語使用率は6割で、スペイン語は3.6割に限られているのは意表を衝いた。 その他の言語は、ブラジル人が8万人おりポルトガル語となる。 スペイン語は都市部で55%使用、地方では8.4%であり地方で殆どグアラニー語で話されている。

・外国人
 17.3万人(約7%)が外国人。 大部分はブラジル人とアルゼンチン人で占める。

・原住民
 約500の部落に8.5万人が散在している。

・貧困度(2003年調査による)
 月USD20以下の食べるだけで精一杯の極貧層が全体の20%、食費は月USD20以上であるが、住居、衛生、衣料、教育など加えるとUSD56以下の貧困層が21%あり、極貧・貧困併せて41.4%を構成する。

・失業率
 失業、半失業合わせると37%に達する。


北海道人移住65周年記念行事

 北海道庁はじめ奉祝団40名をお迎えして8月24日に記念式典がおこなわれます。 私も道産子の一人としてお手伝いを買って出ました。 毎土曜日夕方5時より打合せ会など現在準備で大童の状況です。

 日本人の移住は1936年のラ・コルメナ移住地への入植から始まりました。 北海道人第一陣も1938年にこの移住地に入植しました。

 第二次世界大戦により中断したものの、戦後移住が再開され1954年にパラグァイ国が設定したチャベス移住地に入植、1956年には国際協力事業団の前身である日本海外移住振興(株)がフラム移住地を建設、入植を促進するにおよんでパラグァイへの移住が本格化しました。

 北海道からの移住者は、日系人の15%、約1000人に上り、高知県、岩手県と並んで多い。

 現在、約8千人の在留邦人が、アスンシオンを初め各日系移住地に暮らしている。 日系人の農業への貢献などにより日本人の好感度は非常に高く、親日派も多いです。

 なお、パラグァイ北海道交流センター(ハマナス・センター)は1999年に落成し、現在広く開放し多目的に活用されています。

(滋 記)


ハマナスセンター・バザー開催

 月25日にありました道産子バザー初参加をいたしました。

 前日のラーメン、ちらし寿司、串カツの準備からでしたが、500人分を用意する過程に度肝をぬかれました。 豚骨、鳥丸ごと、昆布、椎茸、ねぎしょうがなどを加えて大鍋三台でスープをとりました。 ちらし寿司用の具も大鍋一台で炊いたのですが、私はひたすら刻む作業です。 50歳前後の二人の夫人の指示を仰ぎながらです。

 一人は、ラーメンの麺を開発作成している人です。 さっぽろらーめんに近い麺になりました。 もう一人は、このバザーの食事面の責任者です。 もくもくと事も無げに作業を進める姿に、感動をいたしました。

 20人ほどの手伝いの参加者は、6、7歳で親に連れられて移住をしてきた方達です。 炭鉱閉鎖後に移住をしてきた親の開拓の姿をみながら育っているわけですので、こんな大変なことも事も無げにやりとげるのですね。 軟弱な私かなと反省しました。

 このようなバザーはあちこちの団体でとりおこなわれます。 9月には婦人部で敬老慰問のお弁当作に参加してみようとおもいます。 日系の方々の支え合いがこのような現場に参加してみてはじめてわかります。

 9月が過ぎましたら今度は、パラグアイ文化に接するチャンスをつかんでみます。 違うお便りが出来れば、いいかな。   
(哲代 記)
       
道産子バザー

お待ちかね道産子バザー の季節です
今年は、餅つき実演、即売もあり盛り沢山
皆様のお越しをお待ちしております。

どさんこラーメン
ちらし寿司
ギョーザ
串カツ
焼鳥
その他(お楽しみ)
つきたて餅 各種

 地方特産品、古着、古書等の販売もあります。

日時: 2004年7月25日  10時〜14時
場所: ハマナスセンタ−
Facundo Machain 5577,c/Tte.Espinoza
TEL:613-533
バザールチラシ

イグアス移住地から餅つき応援に駆けつけた道人
イグアス移住地から餅つき応援に駆けつけた道人
(写真がセピア色であったら、明治時代にタイムトンネルで・・・という感じです)

目玉商品・道産子ラーメンを給仕する主婦たち
目玉商品・道産子ラーメンを給仕する主婦たち

第十四便 [画面上へ]