Enjoy Shoai 樋野 隆さん

ひの たかし

2019.7.10

香里ケ丘在住 4班

引こもり老人にならない為に!

1. 出身地
 出雲市斐川町神守で昭和10年に生まれました。神々が御座します山紫水明の故郷です。国民学校初等科時代は自宅からすぐ近くに海軍の特攻基地が造られ、学校や自宅の一部も軍隊に接収されました。初等科では分散授業でお寺に登校し一人の先生にすべての教科を教えていただきました。下校途中や水泳中にグラマンの機銃掃射を受け夜間はB29の爆撃もありました。終戦の玉音放送は我が家の庭で軍隊と共に聞きました。意味がわからず下士官に「日本は負けたのですか?」と聞きますと友達と一緒に整列させられ往復ビンタをいただきました。私の終戦記念日の体験です。

 

2. 勤務した事業場
 松下電器に入社し第二事業部技術課に配属になり、次いで中央研究所、乾電池事業部、電極事業部に勤務し、次いで台湾の台松工業(株)に出向し、帰国後松下電池工業(株)内の3事業部と研究所を担当したのち本社資材部、半導体アクセス推進室次いで松下電送(株)を担当しました。この間、販売や会社の設立などのため50ヶ国を訪問しました。中には10数回訪問した国も数ケ国あります。貴重な体験でした。松下電送退任後松下電器より家電リサイクル事業の構築を手伝えとの要請を受け顧問に就任、推進室の皆さんと共に全国のリサイクル事業を確立し、法の施工と事業の開始と同時に66歳で退任しました。松下電器には47年間お世話になりました。

3. 松愛会とのかかわり
 松下電送出向の辞令を戴きましたが出向先の風土を知り退路を断って赴任する決意をして社長に相談し赴任の前夜松下を自己都合退職し同時に松愛会に入会しまた。
 松下では改革により、勤務した土地建物や事業そのものが無くなったOBやOGが沢山いらっしゃいます。松愛会始めOB会は現役時代の思い出に浸れる唯一の場です。苦楽を共にした仲間が集い会える場を提供するために私も幾つかのOB会を発起しました。ゴルフのOB会も含め年間70数回各種OB会に出席しています。気心の知れた人々と語り合い競い合うことが引きこもり老人にならないコツだと思います。

★ Enjoy Shoai担当より一言

80歳を迎えられて、「ゴルフを一から勉強し直す」との信念で、香里ケ丘のゴルフスクールに通われて努力されるお姿に、尊敬の念を覚えます。いつまでもお元気で!

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