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第86回「京都・学ぶ会」黒澤 悠様

第86回「京都・学ぶ会」黒澤 悠様(会社員、大阪公立大学経営学研究科客員研究員)
講演報告『茶の起源と日中交流:雲南省の少数民族茶を中心に』

 気温変動の激しかった5月の最終土曜日30日に、2026年度最初の講演会をラボール京都で開催しました。今回は中国茶に造詣が深い黒澤悠様に、『茶の起源と日中交流:雲南省の少数民族茶を中心に』と題して講演をしていただきました。黒澤様は、札幌生れの40歳で、北海道と東京で幼少期を育ち、大学院からは関西(大阪、京都)在住。大阪市立大学大学院の経済学研究科博士課程単位取得退学。博士課程在籍時に、フランス高等師範学校に博士研究員として留学。京都精華大学人文学部講師を経て、現在はコンサルティング会社に勤務されています。併せて大阪公立大学経営学研究科の客員研究員(専門は政治経済学)もされています。また南丹市の自治体有識者医委員、自治体ワークショップや市民講演担当なども経験されています。趣味は、バイクと中国茶。出席者は28名と少し少なかったです。
 講演に際しては、動画や写真を取り入れたきめ細かで分かり易い映像資料とそれに連動したレジュメをご用意いただきました。「茶の起源と日中交流の歴史」では、お茶に対する基礎知識について説明がありました。「お茶」とは、ツバキ科カメリア属のチャノキのことを指し、その葉はリラックス効果、覚醒効果、美容効果をもたらす種々の薬効で知られ、地域土着性が高いことから様々な「味覚」の茶が各地で誕生。お茶の飲み方は、主に薬茶、抹茶、煎茶の3つがあり、茶葉は加工方法により茶葉が持つ薬効や味覚を高めることが出来るとされ、色々な工程を経て商品としの緑茶、紅茶にもなっていきます。
 「お茶を通じた日中交流の歴史」では、

1.「茶を飲む文化の誕生」は遺伝学的に、自生する茶樹の発祥地は雲南省であると特定されているが、当時の中国の統一権力では支配できない「南方の野蛮な場所(南蛮)」と呼ばれた。紀元前から交易商人や外交官たちの往来を通じて、「南方の異民族が飲んでいる薬効のある葉っぱ」(=茶)が注目されるようになり、漢族が生産に関わるなどして、徐々に中国国内に持ち帰られるようになった。その後時代を追って茶の交易ルートが確立され、

2.「中国国内の広がり」では、中国各地で自生する茶樹も飲まれるようになり、茶の薬効が全土で認識される。雲南省の茶はプーアル茶と呼ばれるようになった。8世紀には陸羽が『茶経』を執筆し、これが中国におおいて体系化された「茶道」の最初の経典となる。茶の飲み方も「薬茶」から「抹茶」へと徐々に移行する。

3.「日本への伝来と発展」では、茶は交易を通じて日本にも流入したが、当時留学していた栄西禅師が、茶樹を持ち帰って京都に接ぎ木したのが日本への茶の伝来とされる。
当時の日本では「闘茶」などの抹茶文化が花開き、産地比べなども流行した。

4.「抹茶から煎茶へ」 中国では14~15世紀頃に抹茶から煎茶が普及する。明の初代皇帝洪武帝は、煎茶喫茶法に適した飲み方に変更する「茶令」を交付し、抹茶は消滅する。一方日本では、戦国時代を通じて「侘び茶」が千利休により大成され、侘び寂びを重視する抹茶としての「抹茶道」と、江戸初期に中国から伝来した煎茶喫茶法をアレンジした「煎茶道」に分化する。

5.「茶の世界進出」 清朝時代に乾隆帝が中国茶を世界に進出させ、アヘン戦争が勃発した。日本では明治以降、大量生産の促進による単一品種化などを行い、各産地の特殊性が徐々に喪失する。

6.「日本茶道の逆輸入~現代茶文化へ」 太平洋戦争後、台湾に逃れた中国人により、独自の茶文化を形成する中で、日本の抹茶道文化が発見される。台湾で「茶藝」が発展し、中国に逆輸入され、現代の「茶文化」として生き続けている。
 続いて、「雲南省の少数民族茶」について説明がありました。
1.雲南省少数民族茶の歴史:雲南省の茶の産地は、メコン河の西岸(新六代茶山)と東岸(旧六大茶山)で大きく分かれており、前者は清朝以降「産地」の概念が生まれ、後者は明代以降に概念が生まれた。最古の茶摘みの記録は、南周(紀元前1066年)の周の武王による南蛮遠征であるとされている。唐時代以降の茶文化の発展に伴い、徐々に「中国最良の茶産地の一つ」としての名声を確立する。清代には、「この地方のお茶しか飲まない」というプーアル茶マニアが誕生した。雲南省少数民族の茶を専門に扱う「茶商」が生まれる。清朝以降、茶商は自らの屋号「〇〇号」というお茶を販売し、高級茶としての名声を確立。中華民国時代まで、これらの「号級茶」と呼ばれるお茶が中国国内のみならず、各地へ輸出された。国共内戦後、高級茶づくりは一時減退するが、外貨獲得の手段として少数民族のお茶を国営化しし、「印級」と呼ばれる高級茶や日常茶などを生産する。2003年に国営企業の民営化により、新しい企業が茶づくりに参入するとともに、農薬使用・化学肥料利用に伴う土壌破壊が深刻化する。地球温暖化でインド象が北上するなど茶作りの環境は厳しくなる中でも茶作りは続けられている。 

2.現代中国茶文化における地位;現代のプーアル茶は、世界における最高級のお茶としてして知られる。お茶を飲む際に、中国人は「味」ではなく、身体感覚の変化を楽しむ。プーアル茶では、茶の持つ「気」(=茶気)が強いものが良く、「無味」が最良のお茶とされる。これらは漢方薬として茶が珍重された長い歴史に由来する。商品としてのプーアル茶は、産地、採茶時期、畑か自然茶か、茶樹の種類、薬物使用、気候条件などの観点で、高級茶、中級茶、一般茶などに分類される。最高級茶はグラム1000円以上、高級茶は600円以上、中級茶は200円以上、一般茶はそれ以下である。お茶のサンプルを展示されたが、日本茶とは全く違い、色が濃く固められたものでした。今回は飲むチャンスがなかったですが、是非一度飲んでみて中国茶を味わってみたいと感じました。

 Q&Aでは、いつも以上に質問が出ましたが、丁寧に答えて頂きました。今回は、今まであまり認識してなかった中国茶を、その起源から今日までの歴史を通じて知ることができたことと、日本茶との違い、お茶の世界の奥深さの一端を垣間見ることができ、大変有意義でした。大きな拍手でもって御礼にかえました。

 講演の前に総会を開き、森岡会計より2025年度の会計報告をして承認を得ました。

 

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