地元の話 No.6

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守口の文化財 「来迎寺と幽霊の足跡」

 来迎寺は、守口市佐太中町にある浄土宗の寺院です。
「絹本著八幡曼荼羅図」は、絹地に男山八幡宮の七社の神像を描いた鎌倉時代のもので、国の重要文化財。寺庭裏手の「石造十三重塔」も鎌倉時代のもので、府の指定有形文化財。
来迎寺山門 貞和3年(1347年)大念仏寺7世法名上人の弟子、実尊誠阿上人西願が現在の守口市来迎町に天筆如来を本尊として一宇を建立したのが始まりとされています。
その後、1678年現在地に落ち着くまでの335年間で26回の移転を繰り返しています。
これは、足利義満から圧力をうけて堂宇を維持できなくなったこと、住職相続を34家のくじ引きで決めたこと等から、各相続者の各村にその都度、移転したからと言われています。
また、1743年、女の幽霊が現れ、幽霊の足跡とされるものが座具に残され、現在もそれが伝わっています。
世界でも珍しい~幽霊の足跡~
日本の幽霊には、足がないのが定説ですが、この来迎寺には世界でも類を見ない貴重な「幽霊の足跡」があります。
幽霊の足跡 以下は、伝説のお話です。
来迎寺の慈天上人が、夕方のお勤めをしていると、音もなく女の幽霊が現れ、こう言いました。
「私は、江戸、小網町大工の妻、お石と申します。
病弱ゆえ、主人が家を明けて寄り付きもせず臨終にも弔いにも来ずじまいでした。
この世に想いを残したまま、さ迷っております。
ご回向をたまわりますようお願いします。」
上人は、幽霊とわかっても、少しもあわてず、座具を幽霊の前に敷き、「この座具は浄土の蓮台です。この上にお立ち下さい。」と促し、「心光清蓮」(清らかなハスの上に乗って光を放つ)という法名を授け念仏回向をされました。
幽霊のお石は「今、お上人様のご回向により迷いは覚め、仏様の基に参ることができました。お礼にせめて私の足跡をしるしておきましょう。」
と言うや、その姿が消えたとのことです。

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