会員だより 『 小生が住む湧水の郷宇賀野のミニ紀行 』

会員だより

  『  小生が住む湧水の郷宇賀野のミニ紀行  』

 コロナ禍で遠くは行けず、近所を散策した紀行文を紹介したいと思います。それは、小生が生まれた育った町「湧水の郷宇賀野」です。宇賀野は米原市の西部で旧近江町です。下の写真が宇賀野の西部地区です。その中の赤点線分を散策した折のミニ紀行文です。

『坂田神明宮』 
 宇賀野の地図で散策した近所の神社です。わが小生の幼児期は「宮さん 宮さん」と呼んでいました。現在小生は宮さんの総代をしていて、その宮さんの名前は坂田神明宮(上の写真の赤の破線枠)です。由来は以下の通りです。

 坂田宮は古くから「坂田大神宮」とも称し、近江国坂田郡総社として信仰を集めました。伊勢神道五部書である『倭姫命世記』(やまとひめのみことせいき)によると、天皇の命を受けて伊勢の大神(天照皇大神)の鎮座地を求めた倭姫命は垂仁天皇8年に「甲可日雲宮(こうがのひくものみや)」から「坂田宮」に遷り、2年間奉斎したとあるが、社伝にその「坂田宮」の跡地に命の徳を偲んで祀ったのが坂田宮の起源であるとされている。元伊勢の伝承地であるが、また当地は伊勢神宮の御厨であった坂田御厨が置かれた地でもあり、その起源は倭姫命が来た時に献上された神田にあるといわれています。
 境内には、天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭神とする元伊勢の伝承地である坂田宮(内宮)と豊受毘売命(とようけひめのみこと)を祭神とする岡神社(外宮)の両宮があります。

 昭和18年(1943年)9月に神域模様替えが行われ、社殿の位置も変わり現在の南向きの社殿になりました。それまでは、東向きの社殿でした。
 元の第一鳥居と灯篭は、旧国道八号線から坂田神明宮までの500mの参道にありましたが、伊吹山山麓のセメント工場の巨大な設備を搬入時に設備と鳥居が接触して破損しました。さらに修理後にダンプカーの事故があり、その後の交通事情により、現在の神明宮の近くの場所に移管されました。
下の図が、現在の坂田神明宮の境内図です。それでは坂田神明宮を紹介していきましょう。

以上が、『坂田神明宮』の全容の紹介です。      *文と写真提供は「湧水の郷宇賀野」、宇賀野自治区の提供
坂田神明宮から田園地帯を西に散策していくと琵琶湖に出ます。さざ波街道を北上すると坂田神明宮の飛び地があり、その一ヶ所が琵琶湖の湖畔にあります神明浜です。
この琵琶湖畔の場所を小生が所属する宇賀野老人クラブがキャンプ場として夏のシーズン中に開設をしていました。
その場所が奥伊吹観光会社により開発され、今年の2021年の夏、「琵琶湖」の「波・風・景色」にふれるビーチリゾート[OUMI WEVE」としてオープンしました。

 湖面を直に感じるアクティビティ体験

 


  風、温度を感じ心身ともに癒される

 

 キッチンカーの料理を楽しむ!

 

 

 





*写真と文は奥伊吹観光会社の提供

このように、わが神明浜キャンプ場は設備も手づくりの難民キャンプ場が観光会社の手によって大きく様変わりしました。今年度は9月26日で閉鎖になりましが、来年は近くの道の駅に近江母の郷文化センターと共にバージョンアップされると聞いていますので期待したいと思います。小生の地区内を歩くといろんな意味で再発見します。今回は2点の紹介でしたが、又、機会があれば湧水についても紹介したいと思います。
2021年 11月1日 米原市在住 沢邉 博士さん

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