ブログ

第167回歩こう会報告20210327

今回は ~ 浜名湖周遊自転車道の散策と湖畔の名所・史跡めぐり ~ と銘打って天浜線気賀駅をスタート。気賀関所前から都田川右岸に出て、浜名湖湖畔に延びる、浜名湖周遊自転車道を西進。湖畔沿いに点在する、名所・史跡をめぐり、西気賀駅をゴールとする約7kmのウォーキングを楽しみました。

なお、静岡県内でも感染拡大している新型コロナウイルス感染防止のため、参加案内書には、注意として マスクの着用!  手洗いの励行! 大声でお喋りを慎む!の3項目を厳守して下さい。の内容を追記し、地区定例会などで参加者を募りました。

コース順路:昼食休憩場所 ・ 静岡県中国浙江省友好記念公園〗
気賀駅 →気賀関所 →都田川右岸(浜名湖周遊自転車道)→澪つくし橋 →堀川城跡 →都田川右岸(自転車道)→細江大橋 →コンビニ店 →細江大橋→自転車道 →沖通橋 →澪標 →静岡県中国浙江省友好記念公園《昼食休憩》→天浜線 西気賀駅→プリンス岬 →西気賀駅《ゴール / 解散》  ※ 希望者は 西気賀駅前 →寸座駅《ゴール》

□ 陽春の晴天に恵まれた 3月27日(土)の朝、西部東地区からの参加者は東海道線:、遠鉄電車:経由、西鹿島駅で天浜線に乗換え、気賀駅に。西部西地区からの参加者は東海道線・新所原駅で天浜線に乗換え気賀駅に、東西地区合せて11名が駅前広場に集合。
相互の挨拶を交わしたのち、リーダーから注意事項、コース説明を聞いた後、気賀関所を横目に都田川の右岸沿いに延びる浜名湖周遊自転車道へ向かう。

新所原駅前の豊田佐吉と喜一郎の説明板

天浜線 新所原駅の駅舎

天浜線 新所原駅ホーム周辺の景観

天浜線 気賀駅の駅舎

天浜線 気賀駅ホーム 掛川方面を眺望

天浜線 気賀駅に到着した下り列車

天浜線 気賀駅の線路沿いに咲く桜並木

天浜線 気賀駅の線路沿いに咲く桜並木

天浜線 気賀駅前で談笑する参加者

気賀駅前でリーダーの説明を聞く参加者

 

 

 

 

天浜線 気賀駅前でリーダーの説明を聞く参加者

天浜線 気賀駅前でリーダーの説明を聞く参加者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫様道中と気賀関所:細江町で毎年春に開催される 浜松市姫様道中 その出発地点となっているのが、この気賀関所です。奴踊りを合図に気賀関所を出発する道中行列を楽しみに、たくさんの見物客で賑わいます。桜の開花が重なると、一層道中行列が引き立ちます。また、姫様道中開催日は気賀関所の入館料が無料となります。
2021年度【第68回浜松市姫様道中】は、コロナウイルス感染防止のため、オンライン(無観客)で3月27日(土)に開催されました。(歩こう会の参加者が通り過ぎた後)

気賀関所の門

気賀関所の説明板

 

 

 

 

姫様道中とは:その昔、大名行列・八代将軍の母・浄円院や篤姫様も通ったといわれる【姫街道】の故事にちなんで、当時の絢爛豪華な姫様の道中行列を再現した伝統行事が姫様道中です。昭和27年4月4日に【姫様道中】の第1回が開催され、現在は毎年4月の第1土曜日・日曜日の2日間、豪華絢爛な時代絵巻で、毎年訪れる多くの観光客と、地元の皆さんを魅了します。
姫街道とは:姫街道は、東海道と共に、見附宿から御油宿までを結ぶ街道で、東海道の脇街道として、多くの大名や姫様が通ったと言われています。正式名称は「本坂通」。 江戸末期頃「姫街道」と呼ばれるようになりました。
特に1707(宝永4)年の大地震の際、津波によって新居宿が被害を受けると、それまで東海道を往来していた大名行列を始め多くの人々が姫街道を利用しました。
姫街道は、本坂峠、引佐峠といった急な坂道が続きます。あまりの急な坂に象が悲鳴をあげたと言われるのが、「象鳴き坂」です。
でも、なぜこんな難所の多い姫街道を利用したのか?はっきりとことは分かりませんが、
➀ 東海道の新居の関所の取り締まりが厳しかった。
② 東海道の今切は船を使うため、全員が船で渡るには費用が掛かる。
➂ 雨が降ると船宿で何日も待たなければならない。
➃ 女性には船旅は怖いと思われていた。
➄ 今切(いまぎれ)という名称が離縁や別離を連想させるとして  好まれなかったといった説があります。
1718(享保3)年には、徳川吉宗の母である浄円院の10000人を超える行列が通り、1729年には、将軍に献上されるベトナムの大象が通りました。また、幕末には天璋院篤姫が通ったとの記録もあります。
都田川:浜松市北区及び浜北区を流れる都田川水系の本流で二級河川。鳶ノ巣山(710m)に源を発し南流、浜名湖へ注ぐ。渋川地区以北の源流部は久留米木川と呼ばれる。浜松市北部の山間地域を流れているため、キャンプ場や釣りのスポットとしても人気がある。
都田川桜堤:都田川沿いの遊歩道を、300本のソメイヨシノが約1,5kmに渡って桜色に染めぬきます。毎年4月の第1土・日曜には豪華絢爛の時代絵巻『姫様道中』が開催され、河川敷では姫様・腰元たちが美しい舞を披露します。

□ 浜松市北区役所前の横断歩道を渡り、都田川の右岸への坂道を上って行くと、浜名湖周遊自転車道に出た。浜名湖方面に行き、「澪つくし橋」の入口を通過して少し行ってから「澪つくし橋」を背にして集合写真を撮った。ひと息入れてから自転車と別れて「堀川城址」へ向った。

澪つくし橋:奥浜名湖サイクリングコースのシンボルとして平成元年に造られた自転車専用の橋。万葉の時代から歌い継がれた奥浜名湖の美しい自然に調和したローズレドの橋は、サイクリストたちを励ましているかのようです。

都田川に架かる澪つくし橋

澪つくし橋のたもと

澪つくし橋前を行く参加者

澪つくし橋を背に集合写真

澪つくし橋を背に集合写真

 

 

 

 

 

堀川城址:戦国時代、徳川家康によって落城した今川方の城跡です。 1560年の桶狭間の戦以来、今川家から独立した徳川家康は、今川領だった三河地方を1566年に統一後、武田信玄の駿河侵攻に合わせて、遠江へ侵攻を進めました(信玄と家康は今川領分割の密約があったと言われています)。 ここは、そんな家康の遠江侵攻に対抗すべく、今川方が立て籠った軍事拠点でした。 ロケーションは浜名湖と都田川に囲まれており、周囲は湿地帯だったと想定。特に浜名湖の満潮時には天然の堀として機能しました。

堀川城址の石碑

堀川城址の石碑

堀川城の戦い説明板

 

 

 

 

□ 堀川城址から再び自転車道に戻り、都田川の河口に架る最後の橋「細江大橋」へ向う。細江大橋を渡ってコンビニ店で買い物を終え、行きとは反対の細江大橋の左側の歩道を歩いて自転車道に戻る。

細江大橋:奥浜名湖と呼ばれるうちの東名高速浜名湖橋の奥(浜名湖の北東部)は「引佐細江」と、呼ばれる湾になっています。海からは遠いので、この辺りでは塩分も薄くなっています。この引佐細江に北部の山から流れ込む川が、都田川で合流する部分に架かるのが細江大橋です。細江大橋は旧細江町の市街の混雑解消と浜名湖周遊の短縮路として引佐細江と都田川河口の境界あたりに長さ200mで平成17年3月に開通しています。

都田川上流の景観

細江大橋

都田川河口の景観

浜名湖

浜名湖

 

 

 

 

□ 都田川の河口から浜名湖湖畔沿いにあるホンダ細江サッカー練習場、ホンダ船外機工場、船外機完成品などを横目に昼食休憩場所へ向う。

ホンダ細江サッカー練習場前を行く参加者

ホンダ船外機工場の社屋

ホンダ船外機工場のPR看板

ホンダ船外機の完成品

ホンダ船外機の完成品

沖野橋前の万葉詩の石碑

ホンダ船外機工場前橋を渡る山口さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澪標:細江町にある澪標は、日本最古の海路標識として、今から約1200年前、今の箇所より南方約350米先に設置されたという。具体的には、都田川河口に浅瀬を知らせるために立てられたもので、灯台の役目と湖水の深浅を知らせる標識として機能したとのこと。つまり、澪標とは「水脈(みを)つ串(くし)」の意味となる。

大阪市の市章(澪標):澪標は古くより水の都(水都)と謳われていた大阪(難宮、難波・浪速・大坂)との関連性が強く、その意匠は明治24年1891年)に大阪市の市章等として採用されている。かつて関東でも上方の難波に倣い、小間物町の野地豊前が洲崎に水路標を設置し、満潮時の可航水路を漁師に示した。

浜名湖に建つ澪標

浜名湖に建つ澪標

中国浙江省友好記念公園の石碑

あずまやで休憩しました

あずまやで休憩しました

あずまや

浜名湖湖畔の風景

浜名湖湖畔の風景

 

 

 

 

 

 

 

 

静岡県中国浙江省友好記念公園:浜名湖畔に面した、風光明媚な公園です。公園と浜名湖周遊自転車道の途中に有るので、自転車で浜名湖をめぐる方には、うってつけです。休憩スポットにも良い。公園から五味半島のプリンス岬が正面に見えます。

□ 友好記念公園では、奥浜名湖の景観を楽しみながら、思い思いに昼食休憩のひと時を過した。

昼食休憩のひと時 西村さん、藤井さん

昼食休憩のひと時 阪東さん、菊池さん

昼食休憩のひと時 山口さん、和田さん

昼食休憩のひと時 徳澄さん

昼食休憩のひと時 幸岡さん、唐沢さん

昼食休憩のひと時 野神さん

昼食休憩のひと時 菅沼さん

中国浙江省友好記念碑前でのひと時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ 友好記念公園で昼食休憩時間を過したあと、静岡県中国浙江省友好記念碑を背にして集合写真を撮り、浜名湖湖畔の景観を楽しみながら、天浜線の西気賀駅へ向かった。
西気賀駅では、西部東地区からの参加者5名の方とは、ウォーキングの途中でしたが別れ、西部西地区からの参加者4名と西部東地区からの参加者2名は、プリンス岬のある、五味半島周遊ウォーキングを楽しみました。

中国浙江省友好記念碑前で集合写真

中国浙江省友好記念碑前で集合写真

 

 

 

 

 

プリンス岬:本来は五味半島というなで、昭和の時代に皇太子様(平成天皇)ご一家が夏の静養にご利用になられたことからプリンス岬と呼ばれるようになり、ご宿泊された建物が今も残っています。岬からは浜名湖が一望できます。 ※ 建物は現在一般の方が所有されています。敷地内の立ち入り及び見学はできません。

プリンス岬の平野社団

プリンス岬の平野社団

プリンス岬の石碑

プリンス岬の石碑

プリンス岬の庭園

プリンス岬の石碑

 

 

 

 

 

 

 

 

□ 五味半島(プリンス岬)周遊ウォーキングを楽しんだ6名は、ゴールの西気賀駅へ向い到着後。お互いに労って次回の 東海道五十三次 袋井宿 ~ 見附宿 の参加を約束して解散しました。

プリンス岬からの浜名湖

西気賀駅の駅舎

 

 

 

 

 

【 幹事 / 山口 孝  副幹事 / 菅沼利之  レポーター / 幸岡満寿夫 】

次回の開催は 第161回 2021年4月24日 (土)
~ 東海道五十三次のどまん中 袋井宿から見附宿の史跡めぐり ~
東海道線 / 袋井駅改札口前 午前 9時30分 集合 !

 

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP