第219回 漫友会 「水戸学の道」散策

実施日

令和4年6月10日 10:00 ~ 15:00

集 合

 JR 水戸駅 改札出口

参加者
 (敬称略) 

山下晃生(牛久)、小石川 功(筑西)、吉野 博(水戸)、
中山照明(神栖)中嶋 繁(野田)、小森孝敏(幹事/龍ケ崎)、
新保知博(守谷)、上田 進(柏)大島耕而(千葉市)、
森本敬次(柏)、石和利彦(龍ケ崎)
沖中孝充(ひたちなか市)、以上12名

行  程

水戸駅⇒レンタルスペース・ノア(会議)⇒ 魚沼食堂(昼食)⇒光圀生誕の地⇒柵町坂下門⇒水戸城大堀切⇒医薬門⇒杉山門⇒見晴台⇒二の丸櫓⇒大手門

内 容

松愛会首都圏支部茨城大会の後に、漫友会例会として「水戸学の道」を散策しました。この道の名前は、平成30(2018)年に、水戸城や弘道館周辺地区の道路の愛称として定められたものです。3つの散策ルートが有りますが、今回は儒学を奨励し水戸学の基礎を築いた光圀に因んだ「光圀(義公)ルート」を散策しました。

報 告

 

 

 

光圀(義公)生誕の地

 

 

徳川光圀が生まれて、4歳になるまで過ごした地と言われる。ここに、水戸黄門神社が建てられている。各自、思いを込めてお祈りをした。

 

柵町坂下門

 

 

二の丸の南口に有った高麗門を復元したもの。この門をくぐり、坂を上ると柵町門が有った。

 

水戸城大堀切

 

 

本丸の堀の跡。現在は、この堀を利用して JR水郡線が通っている。ちょうど散策の最中に、列車が通過するのが見られた。

 

藥医門

 

 

水戸城で現存する建造物の1つ。正面の軒が深く、風格のある門構えが特徴。建築年代は、その様式から安土桃山時代と推測されている。脇にある立て看板に、水戸城の歴史が解説されている。その始まりは古く、1193(建久4)年に源 頼朝により地頭に命じられた馬場資幹が、屋敷を構えたことによるという。ここにたどり着く頃、雷鳴が轟き雨降りとなった。十数分の雨宿りとなった。

 

杉山門

 

 

ここも、二の丸北口に有った高麗門を復元したもの。当時は、敵の侵入を遅らせるために土塁によって桝形を形成していた。

 

見晴台

            

 

水戸市の北側を一望。眼下には、那珂川の流れが見らる。

   

二の丸角櫓

 

 

二の丸の南西角に有った二階建ての櫓で、明治中頃までに撤去されたが、2021年に復元された。出土した基石を一部使用し、昔ながらの工法で木工事・屋根工事・壁工事が行われた。

 

大手門

 

 

明治初期に取り壊されるまで、水戸城を代表する門としての役割を果たしていた。これも、二の丸櫓と同様に、昔ながらの工法で復元工事が行われた。ここで、予定の時刻となり流れ解散とた。

 

 

 

行事企画:小森    写真提供:山下、中嶋、上田

小学生の下校時間、復元された大手門前で

 

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 次回、7月例会 第220回漫友会 7月6日 10時15分 JR佐倉駅集合

 

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当面の行事予定(リンク)

2022年度行事予定

・秋の特別寄席は中止します

 

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