パナソニック松愛会 栃木支部会員の皆様
日頃は松愛活動にご理解ご協力を賜りありがとうございます。
つらい花粉の時期もそろそろ終わりに近づき、緑が目に鮮やかな良い季節になってきました。このような青葉を濡らし、よりみずみずしくみせる雨を「翠雨(すいう)」と呼ぶそうです。
ところで皆さんは、女性科学者で顕著な功績を上げた方を顕彰する「猿橋賞」をご存じでしょうか?地球化学者として活躍された「猿橋勝子」氏が、気象研究所を退職されるさいに「退官記念事業」として集められた寄付金を基金として立ち上げた「女性科学者に明るい未来をの会」の事業として、毎年すぐれた業績を挙げられた50歳以下の女性科学者に贈呈しているものです。設立の趣旨は、「立派な業績を挙げていても、女性なるが故に低い地位に置かれている女性科学者の未来に一条の光を当てること」でした。
昨年7月に、「伊与原 新」氏が、その猿橋勝子さんの生涯を描いた「翠雨の人」という本を出版しましたので内容を少し紹介したいと思います。
猿橋勝子さんは、子どものころ感じた「なぜ雨が降るのか?」という素朴な疑問から、長じては「帝国女子理学専門学校(現在の東邦大学理学部)」に入校、学内の施設や教員が整っていないことから学外で学ぶことを推奨され、気象庁の前身である「中央気象台」で、生涯の師となる「三宅泰雄」と出会います。卒業後、中央気象台に就職して、三宅氏とともに海洋中の微量元素の分析等を手掛けます。大きな出来事としては、1954年ビキニ環礁における水爆実験後の、海中の放射性物質の分析があります。海中で放射性物質は均質に拡散するので問題ないとした米国科学者の論に対して、猿橋さんらは、海流に乗って日本近海まで高濃度の放射性物質がそのまま到達していることを明らかにしました。米国の科学者らが測定結果を疑い、米国で測定の正確性を競うこととなります。猿橋さんは単身アメリカにわたり、困難な状況下で測定方法・結果が正しいことを証明したのです。今で言うと、「練習設備などが全く整っていないアウェーでの試合に勝った」ということになります。
私は「猿橋賞」という名前は知っていたものの、猿橋勝子さんの事は全く知らなかったので、今回その生き方、考え方を知り大変感銘しました。女性と言うことでの立場の弱さにひるまず、学会の権威からの圧力に屈しない「信念」を貫いた方を知ることができて大変良かったと思います。
さて、いよいよ5月10日に大相撲5月場所が始まります。宇都宮出身の「若ノ勝」が、栃木県出身者としては7年ぶりに新入幕を果たしました。元大関「貴景勝」が湊川部屋を継いでから初の幕内力士で、また若ノ勝は貴景勝の付き人をしていたこともあり、師匠も大変喜んでいるでしょう。栃木県出身の関取経験者としては、ケガで番付を下げている、「生田目」が西幕下10枚目、「三田」が西三段目21枚目と言うことです。しっかりケガを直してまた上位に戻ってきてもらいたいと思います。
◆今後の支部行事
支部大会 6月7日(日) 於:ホテルマイステイズ
<市貝の芝桜公園・芳那の水晶湖>
パナソニック松愛会栃木支部
支部長 北垣和紀













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