大津市にも世界記憶遺産がある

 大津市広報7月1日号で「祝 ユネスコ世界の記憶 登録」智証大師円珍※(ちしょうだいしえんちん)関係文書典籍-日本・中国の文化交流史-という見出しで紹介された記事をご覧の方もいたのではないでしょうか。中国語をかじる者として記事を詳しく読み進めました。そして7月4日~30日まで大津市歴史博物館で、登録された文書(全部で56件、すべて国宝で園城寺と東京国立博物館に所蔵)の一部が公開され、さらに14日に同館学芸員の説明が行なわれることを知り、興味が湧きちょっと勉強する気になり、当日トークイベントが開催される1時間余り前に歴史博物館に到着し、受付で一般料金330円のところを市民割引の160円で入場でき、一寸得した気分になりました。
まず今回登録された文書の目玉である「越州都督府過所(えっしゅうととくふかしょ・下記画像右側)」と「尚書省史門過所(しょうしょしょうしもんかしょ・同左側)」の実物を見ることにしました。ガラスケースの中に無造作(と思えるよう)に置かれていて、写真撮影も禁止されてはいませんでした。後で知ることになるエピソードですが、所蔵している園城寺は今までこの種の文書の撮影に関しては非常に厳しく、撮影はほとんど許可されないのが通例となっていたそうですが、今回の登録により広く世に知らしめるため方針変更されたのかも知れないと学芸員から説明があり参加者から笑い声が上がりました。スライドを映し学芸員から解説を聞くイベントには80人ほど参加者があり、意外に関心を持たれているではないかと感心しました。
 学芸員が強調していたのは、今から1200年近く前の中国の公文書がそのまま今に残されているのは、まさに奇跡中の奇跡と言えるということでした。まず「過所」とは唐の役所が渡航人のために発行する現代版ビザ付きパスポートのようなもので、中国でも現存しているものは極めて珍しく、世界的にも貴重なものだそうです。さらに唐から日本への航海も決して安全ではなく、かの鑑真が6度目の航海でやっと来日を果たしたことを思うと、これらの文書は命がけの航海で円珍とともに日本にもたらされたことが想像に難くはありません。2通は何れも縦31cm横44cmと62cmほどの大きさで折り目がついており、肌身離さず携帯していたことが想像され、しかも実際に使用され用済み後も大切に保存され日本に持ち帰られています。学芸員曰く、円珍は大変几帳面な性格であったのかも知れません。
 日本に持ち帰った後も保存先は最初延暦寺でしたが、その後園城寺に移っています。園城寺は度々延暦寺により焼き討ちに遭っていますが、その都度これらの文書は僧侶らに守られました。さらに1336年園城寺が焼亡(園城寺合戦)したとき、文書はどこかへ持ち去られましたがそれを買い戻しています。幕末から明治にかけても北白川宮家による持ち出しがあったものの、文書は無事で現在一部は東京国立博物館に所蔵されています。

※智証大師円珍(814~891)
 平安時代の高僧で853年から858年までの5年間、中国・唐に渡り、最新の仏教を研究し日本に伝えました。その後、延暦寺の第5代天台座主をつとめると共に、園城寺を再興し日本仏教の発展に足跡を残しました。(大津市広報より)

投稿者 : 大津市在住 岩成 剛さん

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP