夢中人 「 写真に魅せられて」 荻原 肇さん 2018年8月掲載

荻原さんが写真に出会ったのは大学に在学中の頃でした。卒業研究は光関係の研究室で行い、その頃からカメラに興味を持ち、当時明るいレンズのカメラが発売されたのを機に購入し本格的に写真を撮り始めました。
 
昭和34年、松下電器に入社、大阪の無線研究所で圧電材料の研究をしていました。出身が東京という事もあり、38年に横浜の松下通信工業へ転勤、研究所でハイブリットICや陸上交通管制システムなどの仕事に携わりました。
 
 通信工業時代は写真よりむしろ通信工業マンドリンクラブの指揮者として産業音楽祭で最優秀賞を受賞、また詩吟師範の免許をもち数年前まで教える日々でした。
 
 本格的に写真を始めた頃はフィルムカメラからデジタルカメラへの移行期でした。当時は国内外のフィルムカメラを数十台持っていました。今は、十数台のデジタルカメラを恒湿槽に保管し撮影対象に応じて2~3台持って撮影に出掛けています。

 撮影技術は写真関連の書籍・雑誌やパソコンで自己流に腕を磨いてきました。撮影対象としては自然、風景、動植物を主に国内外を撮り歩きました。海外ではスイス・マッターホルン、アメリカ・グランドキャニオンやオーストラリアの横断列車、自然豊かなニュージーランドなど。国内では北海道から沖縄まで、特に足繁く通ったのは早朝に魅せる裏磐梯とその周辺の湖畔でした。

荻原さんは写真を一枚、一枚丁寧に撮ります。コンクールで賞を沢山貰っています。つい最近では東急電鉄主催の「等々力渓谷へ行こう」の写真コンテストで最優秀賞を貰い、宣伝用小冊子に掲載され、東急線各駅には大判の入賞写真のポスターが掲示されました。

現在、名所・旧跡などで撮影した写真数十枚程をストーリー化しCD制作などをやっています。それぞれの写真には自分の思いを詩的な短文で挿入し、写真にマッチしたBGMを入れて動画風の作品に仕上げています。

 「私の写真は“芸術的な写真”よりむしろ“技術的な写真”です」と荻原さんは言います。カメラを通して職人気質の技術者魂は今も健在です。
                                                           

撮影の装備に関しては特に最近では機材を余り持たないで出掛けています。 かっては三脚をはじめとして交換レンズ等を入れたザックをしょっていきましたが、最近ではレンズも広角から望遠まで 十分カバーするレンズ(比較的軽量で明るいレンズ)やブレ防止についても5~6軸をカバーするような手振れ機能を持つレンズやボデー も有り、三脚なども却って邪魔になる程でもあります。(私は頻繁に撮影行を実施していた頃から余り重くなるような機材は持ちませんでした) ただし、撮影対象によって使用するカメラを変えますので撮影行では2~3台のメインとサブにコンパクトカメラを1~2台持って行きます。 これくらいをザックに全て収納していきます。

 ( レポーター:佐藤文昭)

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