第1回 夢中人紹介  石橋 整一さん

”趣味を越え、彫刻作家の道を目指す”

枚方市東香里3丁目在住(取材時)
2001年11月20日 投稿

◆ 彫刻との出合いから今日まで

 彫刻との出合いは、高校2年生の時、美術の先生から彫刻(彫塑)をやらないかと声をかけていただき、5~6人でクラブ活動を始めたことがきっかけです。初めは小さなものを粘土で作り、石膏で型を採って石膏像を作り着色するといったものでした。私はベートーベンの顔に挑戦し、初めてにしては満足する出来栄えだったので、今でも鮮明に覚えています。

 卒業後、松下電器に入社しましても彫刻は続けており、関西総合美術展に出して入選しました。しかし所詮は趣味の彫刻で、もっと専門家になりたい、もっと基本を勉強したいという気持を強く思っていたところに、浪速短期大学の夜間に彫刻学科が出来たことを知り、入学試験を受けたところ合格しました。入学してみると今まで高校で習ったことばかりで、教授もそのことに気がつき助手のような立場になり教授は余り出てこなくなりました。私は何かつまらない気持ちにもなりましたが、逆に自信がつき、関西展も7年連続で入選しました。

 その頃労働組合が内部分裂の危機になり、私も執行委員として組合活動の正常化運動に情熱を燃やしました。また復職後、海外出向が2度あり彫刻は約30年間中断することになりました。55歳の時、再び彫刻への情熱がわいてきて、制作を始めました。そして以前に出展していた全関西美術展に2点応募しましたが2点とも落選してしまいました。そんな筈ではなかったと思いましたが、全関展はそんなに甘いものではないと考え直し、一からやり直し高い目標を持って勉強する決意をいたしました。

 その時の目標は3つでした。一つは全関西美術展の「招待」メンバーになることることで、そのためには主催者賞の全関展賞第一席、第二席、読売新聞本社賞を全部取ることでした。そして二つ目に夢の日展に入選すること。三つ目は日展系の彫刻の組織、日本彫刻会の正会員になることでした。 いずれも趣味の発想では到底到達できない。彫刻作家として活躍しようという強い意志が必要だと思ったのです。

 それから12年、今年日本彫刻会の正会員になり三つの目標はようやく達成できました。これには高校の時お世話になった先生に後半もご指導いただいた賜物と心から感謝しています。今回松心会館で3回目の個展を開くことができました。制作できる喜びと、感謝の気持ちを忘れずに、より良い作品を制作続ける努力を怠ってはならないと常に考えています。

【現在】日本彫刻会会員、大阪彫刻家会議会員、守口総合美術協会理事、守口市美術展覧会運営委員・審査員、全関西美術展「招待」

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<HP作成:冨田、WP編集:吉川>

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