光善寺ーさだウォーク(枚方文化観光協会)に参加【自由投稿】

松島 可美【12班】2024. 1.17

 

◇光善寺ーさだウォーク(観光文化観光協会)に参加しました

京阪光善寺駅前 ⇒ 光善寺 ⇒ 蓮如上人腰掛石 ⇒ 御旅所 ⇒ さだ生涯学習市民センター ⇒ 蹉跎神社 ⇒ 京阪光善寺駅

1月17日に「光善寺ーさだウォーク」に参加しました。このウォークは、「枚方観光ボランティアガイドと歩くウォーク」で、毎月「広報ひらかた」で募集されているイベントです。
今回は、1組10名前後で5組に分かれて実施されました。10時に「京阪 光善寺駅」に集合し(会費300円)、各組のボランティアガイドの方から、コースについて説明があり、各組ごとに出発です。

光善寺に向かう

光善寺駅の名前の由来が「光善寺」からきているのは知っていましたが、行ったこともなく、どこにあるかも知りませんでした。
「光善寺」は、正式には「出口御坊 光善寺」といい、蓮如上人開基の寺です。文明七年(1475)9月に、河内国茨田郡中振の郷出口村に移られ、御厨石見入道光善が草庵を建ててお迎えされました。当時この地には2丁四方(14,400坪)の大きな池があり、それを埋め立てて諸堂を建立されましたので、山号を淵埋山(えんまいざん)と名づけられました。池は今も残され、石川丈山作光善寺庭園の一部となっています。また池の周囲には梓(はり)の木「現在の植物名-さいかち」(池の大蛇が蓮如さんの説法でさいかちの木から昇天したと伝えられています。【詳しくはこちら】)がよく茂っていましたので、人びとは光善寺のことを「梓原堂(しんげんどう)」とも呼んでいたと伝えられています。今も光善寺庭園の片隅に梓の大木が残っていて、大阪府の天然記念物に指定されています。【光善寺HPより抜粋】

蓮如上人腰掛石・御旅所・蹉跎神社

光善寺から南下していくと「蓮如上人腰掛石」に到着です。「蓮如上人腰掛石」は、蓮如上人出口には」、9軒しかない村落でした。ここでも上人は、法を説かれ、今も上人が腰をかけて語られたと伝えられている。
さらに進んでいくと「御旅所」に到着です。「御旅所」は、蹉跎神社の例大祭(10月15日)に御神輿が仮に留まる所です。
さらに進むと「蹉跎神社」に到着です。「蹉跎神社」は、菅原道真公が配流された時、娘の刈谷姫がこの地まで追ってきたが間に合わず、会えなかったことを足ずり(さだ)して嘆いたということです。それが地名となりました。【詳しくはこちら
「蹉跎神社」でお参りし、解散しました。そして、再び「京阪 光善寺」に戻りました。


★「枚方観光ボランティアガイドと歩くウォーク」は、次回2月1日に開催されます。「郡津~茄子作ウォーク」です。
 「広報ひらかた1月号」に記事があるので、興味のある方は申し込みください。

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