くらわん会 2024年1月例会

枚方東部神社(初詣)

331回 くらわん会例会 2024年1月9日(火)

〈行程〉 JR学研都市線・津田駅 ⇒ 駅東側の津田駅前東公園(集合・朝会)⇒ 地蔵池 ⇒ 春日神社(津田) ⇒ 平和堂枚方店(休憩)⇒ 菅原神社(藤阪) ⇒ 王仁公園(昼食休憩) ⇒ 菅原神社(長尾) ⇒ 長尾駅(解散)
〈距離〉約 5km
〈参加者〉66名

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◆会長の新年のご挨拶

 明けまして、おめでとうございます。と本来ならご挨拶したいのですが、2024年度のスタート早々石川県、能登半島で新年元旦に「大地震」が勃発し多数の死者と犠牲者が出てしまい、未だ多数の安否不明のお方がおられる状態です。これからの日本の行く先を象徴するようで大変心配です。被災者の皆様には心からお見舞い申し上げます。私達も心を引き締めて今年一年を乗り切りたいものです。

今年も多くの方々のご参加を心からお待ちしています。以上の内容を会長が新年のご挨拶とされ、今年の「くらわん会」がスタートしました、天気も大変寒い早朝でしたが快晴でウォーキングに最適の日でした。集合場所の津田駅前東公園の周辺は高いビルが多く太陽がさえぎられそうですが、日当たり充分で結構暖かく感じられました。「初詣」には、運良く天は「くらわん会」に味方してくた一日となりました。

◆津田駅前東公園・春日神社(津田)・平和堂(枚方店)で一時休憩

 朝会で会長より、今年初参加のお方の紹介、更に多数回参加者の紹介と回数ごとのバッジ授与が行われました。そして本日のリーダーのコース案内があり、当初見学申し込み予約までしていた旧田中家鋳物資料館の方から年末にリーダーの家に電話があり9日は急遽予定が変更になり、休館になりました、との連絡があり、急遽我々のコース予定を変更し近くにある菅原神社(藤阪)にお参りすることに変更しました。

最初の初詣に向って出発、途中地蔵池で枚方市街地を一望して気分爽快になって、最初の初詣地「春日神社(津田)」に到着、ここの本殿は奈良春日大社の本殿と規模・形式ともに一致しているそうです。詳しくは「河州交野郡津田村春日遷宮記」に掲載されているようです。春日神社で初詣をすませ春日神社を出発し「平和堂 枚方店」で一時休憩しました。

◆菅原神社(藤阪)参拝・王仁公園(昼食休憩)・菅原神社(長尾)参拝

 「平和堂」を出発し津田高等学校前を通り藤阪駅東側を通って、旧田中家資料館の直ぐ西側に位置する菅原神社(藤阪)に参拝しました。その神社の一つの「いわれ」藤坂天満宮の水神様の起源をご紹介します。水神様は古老の伝ているところによると、古来当地の住民は農村民族として稲作を主に生活を営んでいたが、毎年大きな旱魃(かんばつ)にあい稲が枯死(こし)する(枯れることを意味する)危機にひんしたことがあった。其の時氏子が集り連日雨ごいの祈願をしたところ不思議にも突然雷鳴と共に大つぶの雨が降り稲作全滅の難を免れたと伝えられている。後日、氏子衆により水神社を建立し五穀豊穣の守護神としてこの地に祀ったのが始まりであるとの「いわれ」だそうです。参拝後元来た道を少し戻れば王仁公園です。

 王仁公園は、公園公園の東部に存する大阪府指定文化財(史跡)伝王仁墓(でんわにはか)の人物名「王仁」が公園名の由来し、広さは、枚方市で山田池公園、枚方パークに次ぐ3番目の大きさだそうです。そして昼食休憩後菅原神社(長尾)に向いました。その長尾地域の成り立ちをご紹介します。昔し徳川家康の時代は、四条畷・寝屋川の東部地域の長尾の丘陵地は荒野で河内、山城の国境で交通の要所であり、古来から戦略上の要地で陣屋を立て田畑を開墾すると良い土壌であることが分かり移入者も多くなり「鎮守をたてて村の団結を図るが良かろう 」と京都長岡天神の分霊を受け、質素な氏神をこの地に建てたのが「菅原天神」の始まりで、よって菅原道真公を祭祀(さいし)しているそうです。その菅原神社(長尾)に本日三度目の参拝をすませ長尾駅で解散しました。

<写真:大熊、吉川、徳田、松島(50音順)、 HP作成:大熊>

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